古いものには、手をかけて使われてきた時間がある。
洋子さんの暮らしには、ご家族から受け継いだアクセサリーや、旅先で出会った小さな古道具が、静かに並んでいます。傷や色の変化も含めて愛おしいもの。大量生産されたものよりも、つくり手の顔や、そのものが辿ってきた時間を感じられるものに心惹かれるといいます。
そんな洋子さんが大切にしているのは、すべてを完璧に選ぶことではなく、目の前にある選択肢のなかで、少しだけ「よりよい方」を選んでいくことです。
仕事で培ってきた視点は、毎日の食卓へ。そして、食べ終えた後の野菜の皮をどうするかという、小さな問いにもつながっていました。
「今年はこれをやった」と言える仕事を
現在は、プロモーションや、人の学び・体験にまつわる仕事に携わる洋子さん。

社会人になったばかりの頃は、ものを売る仕事に向き合うなかで、「世の中にはすでに、ものがあふれている」と感じることがあったそうです。ただ売上をつくるだけではなく、誰かや地域のためになる仕事がしたい。その思いは、子どもが生まれた時期や震災を経て、より輪郭を持つようになりました。
「自分で何をやろうと考えたときに、1年で何か一つは『今年はこれをやった』と言えるものを出せる働き方をしようと思ったんです。」
地方の生産者が集う催しを企画したときには、つくり手の方々が喜ぶ姿を目の前で見ました。東京で多くの人に手渡されることで、地域の生産者が少し元気になる。ものを届けることが、誰かの暮らしや地域の力になる。その手応えは、今の洋子さんの仕事観の土台になっています。
その後、サステナビリティをより身近に伝えるイベントにも関わるようになりました。そこで心に残ったのは、難しいテーマほど、正しさで人を追い込むのではなく、「やってみたい」「気持ちよさそう」と思えるかたちで届けることが大切だ、という考えでした。
社会のためになることを、暮らしの楽しさから遠ざけない。その感覚は、洋子さん自身の毎日の選び方にも、静かに根づいています。
100点ではなく、いつも「ベター」を選ぶ
コロナ禍には、エシカルな暮らしについて学ぶ機会をつくった洋子さん。食べものや衣服、日用品がどのようにつくられ、どこから届くのか。その背景を知るほど、日常の選択を少しずつ見直すようになったといいます。
「すべてを100点で選ぶのは無理。でも、常にベターを選ぶ意識は生まれたと思います。」
安いから、便利だからという理由だけで手に取るのではなく、ふたつで迷ったら、少し立ち止まって考えてみる。原材料やつくり手、使い終えた後のことに目を向ける。その積み重ねは、特別な暮らしをつくるための決意というよりも、目の前のものを丁寧に受け取るための習慣です。
食卓にも、その姿勢があらわれます。震災をきっかけに、家族が食べるものや、どこから来たものかを以前より意識するようになった洋子さん。どんなに忙しい日でも、「お米と味噌汁だけでもいいから、なるべくつくる」。何が入っているかがわかることが、家族にとっての安心につながると考えています。
コロナ禍には、家族で通えるシェア畑を始めました。土に触れる時間は、外出の機会が限られていた日々の、ささやかな楽しみになったそうです。
畑では、ときに白菜が何玉も採れたり、茄子が続いたりします。見た目が少しいびつでも、虫に食べられていても、育ってきた時間を知れば、抵抗なく受け止められる。たくさん採れた日は、漬物にしたり、かさを減らす料理を考えたり。食べものを「使い切る」ための工夫も、自然と増えていきました。
食べ終えた後にも、行き先をつくる
コンポストを始めたのは、「コンポストをやりたかったから」というよりも、土とのつながりを感じてみたかったから。
友人の「これからの時代は土だよ」という言葉と、畑で過ごした時間。そこに背中を押され、コロナ禍の頃に小さなコンポストを始めました。
すると、今まで見過ごしていたことが見えてきたといいます。たとえば、野菜に貼られた小さなシールは、いつまでも土に残ること。都市で暮らしていると、生ごみも、土に還るものも、すべてが同じように「ごみ」になってしまうこと。

「野菜の皮だけでも、土に返したいなと思って。」
一方で、自宅で発酵が進んだコンポストの行き先を見つけることは、都市では簡単ではありません。近くの畑に使ってもらえないか相談したものの、管理上の理由から受け入れられず、行き場を失った土が増えてしまったこともありました。
だからこそ、洋子さんにとってコンポストは、「手間をかけるべきこと」や「正しい人だけがすること」ではありません。
「ごみとして捨てることに、ちょっと違和感がある。その違和感を解消できるものなのかもしれません。」
食べものを選ぶ。料理をする。食べ終えた後にも、もう一度、行き先をつくる。
その一連の営みは、暮らしを完璧に整えるためのものではなく、日々のなかで感じた小さな違和感を、心地よい選択へ変えていくためのものなのだと思います。
PROFILE
洋子さん
プロモーションや人の学び・体験にまつわる仕事に携わる。家族とともに都市で暮らしながら、食べものの背景やつくり手に目を向け、無理のない範囲で「よりよい方」を選ぶ暮らしを続けている。